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執筆者の写真Toshihiro Doi

出会いと別れの季節

昨日は久しぶりの大雨、一日中よく降った。今日はようやく上がり、午後は晴れてきそうだ。今週もオンラインでのミーティング三昧。次年度の準備はひたすら続く。この準備をしっかりしておくことが、次年度のスタートでの大きな差になる。





3月も末が近づくと、教育の世界でも異動の季節になる。自治体にもよるが、概ね今週から来週にかけて次年度の所属がわかってくる。忙しさがひと段落すると、毎年そわそわ落ち着かなかったことを思い出す。地方の大分では、人事の情報は地元の新聞に全て掲載されるので、毎年蛍光ペンを持ってチェックしていた。


そもそも公立の学校ではどうして教員は異動をするのか、色々な理由があると思う。教員としての経験値を積む、という側面もあれば、年齢のバランスや、学校の構成を整える、質を担保する、平準化を図る、などなどだ。


いい部分もあれば、正直きついところもある。せっかく築いてきた子どもたちや保護者との関係性が断たれることもある。特に小学校では地域に根ざした教育活動も多く、誰でもうまく地域の人たちと関係を築けるとは限らない。もちろん遠方になった場合、引っ越しや長時間の通勤になってしまうことも多い。





先生にも生活や人生計画があるわけで、家族が異動によって引っ越さなければいけないこともあるし、子育てや介護に影響が出ることもあるだろう。長時間通勤を強いるのは、このご時世、多忙化に拍車をかけることになる。それでも新採用の人数が増え、再任用の人数が増え、配置を決めるのは至難の業になる。臨時講師のなり手を探すのも相当大変な状況だ。そして人事の大体は希望通り、想定通りにいかないことの方が多い。


私立の学校の先生たちも、系列の学校に動いたり、別の学校に変わったりすることもある。退職、転職し、次のステージに進む人たちも近年とても増えてきた。びっくりするほど選択肢が増えてきたようにも感じる。いろんなところで近年、慣習や慣例で進めてきた枠組みの限界が来ているのかもしれない。


新しい場所で働くことは、不安と期待とワクワクが混在した複雑な思いだ。ましてや行政職に移るのは本当に不安が大きい。私も県教委に異動が決まった時は、真っ暗な気持ちになったことを今でもはっきり覚えている。子どもたちの前に立てなくなることの悲しさは、なかなかわかってもらえない。


どうしていいかわからなくなって、混乱している時に、一番信頼している仲間から「現場の思いを忘れない行政マン、指導主事になって欲しい」と言われた。その言葉は今でも耳に焼き付いていて、民間企業人になっても変わらないし、そのための努力は惜しまないようにしている。





「教育」という領域は、いろんな人に支えられて成り立っている。現場の先生だけではなく、現場を支える教育委員会や、民間企業も同じだ。教育に関わるすべての人は、先生と同じくらい強い気持ちで、いつも「子どもたちにとってどうか」という視点を忘れてはいけないと思う。


働くステージが変わると、戸惑うことや不安なこともあるだろうし、嫌になることもあると思う。でも、変わらない、ブレない軸をしっかり持ち続けることさえできれば、きっとそれは子どもたちに伝わるんじゃないか、と信じて私も今働いている。それぞれの場所で、共通の思いを持ちながら踏ん張ることが大切だ。


そうやって子どもたちを大切にし、多くの人が子どもたちの幸せを願うことができれば、きっと教育はもっと良くなると思う。こんな時代だからこそ、子どもたちへの希望をつないでいきたいと思う。

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