• Toshihiro Doi

可能性を制限しない

昨日からの大荒れの天気で、海も波立ち、うちから見てもわかるくらい荒れている。風もとっても強く、木や竹、葉っぱもたくさん道に落ちていて危険な状態だ。冬の嵐は空気も冷たく、なんだか辛い。わんこの散歩も早々に切り上げる朝になった。


今週は土曜日からの出張で、久々の5日間。名古屋、京都とスーツケースを持ち歩く長丁場だった。さらには難易度の高い仕事が多く、楽しかったけどピリッと張り詰めた時間が多かった。どれも学びが多く、久々の再会や、初めての対面での研修など、刺激的な一週間だった。





久しぶりのADEの人たちとの再会では、各々の進化ぶりに驚き、特等席で発表を聞き、セッションできたことは幸せだった。走り続けることで見えてくる世界観に、安堵する一方、励まされた。


この時期”授業を見て指導してください”と言われる機会が多い。とにかく全員が使えるようになりました。と聞くことも多い。半年以上経過し、授業の中で使うことのできる先生は確実に増えてきた。しかしどの授業を見ても、一様に同じ授業支援アプリを使い、同じような一斉授業の展開をよく見る。悪くはないが、あくまで教師主体、教師主導の使い方で、基盤になっているのは従来の授業スタイルだ。


そもそも「授業支援ツール」と一般的に呼ばれるものは、一斉授業を効率よく、先生がコントロールしやすいように設計されたものだ。子ども自身の創意工夫や、教師の想像を超えてくるクリエイティブなものは生まれにくい。そのツール単体では、こだわりを持ち、納得いくまで仕上げたくなるような奥深い構造になっていないのだ。


しかし、安心できる機能制限や、わかりやすいインターフェイス、さまざまなツールの便利さから使用する先生はとても多い。目指す授業像や、子どもたちの姿がそこにあり、授業スタイルもそれをイメージしているのであれば、十分満たされていると思う。しかし私が描く未来はそうではなく、そのもっと先だ。





子どもたちが学びの楽しさを感じ、自由に多様に表現し、友だちを尊重し、社会課題の解決のため、iPadを片手に未来を切り開く姿だ。だからその可能性を制限してしまうツールは使わない。


同様に冬休みの持ち帰りでも、Safariを消してネット接続を制限したり、AirDropの機能を消してしまったり・・心配な気持ちもわかるし、面倒を防ぎたい気持ちもわかるけど、臭い物に蓋をするような考え方が本当に正しいのかはわからない。


「危険だから使わせない」というのは大人の都合のように思えてしまう。賢く使えるかどうかは、日頃の授業でどんな風に使わせているか、と同じではないだろうか。制限をかけ、先生の使わせたいアプリのみを使わせ、使う場面をコントロールし、危険や面倒なことを回避し続けているから、持ち帰ることに不安を抱く。





GIGAスクール構想の「GIGA」は「Global and Innovation Gateway forAll(全ての児童・生徒のための世界につながる革新的な扉)」だったはず。そのコンセプトと、今の状況は合致しているだろうか。先生のためのGIGAになってないだろうか。世界につながる革新的な扉になっているだろうか。


教育委員会や学校だけでなく、社会全体でこの改革の動向を見守り、試行錯誤を一緒に続けていくしか方法はない。現在地を確認し、前に進むチャレンジを続けることでしか子どもたちの未来は切り拓けない。

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