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執筆者の写真Toshihiro Doi

対話を続けること

まだまだ寒い毎日だが、太陽が出ればポカポカと暖かさを感じることもある。木々からは新芽が出てきたり、庭の草や芝生も少しずつ緑が戻ってきつつあり、春はもうすぐそこまできている。コロナは依然大変な状況で、学校は色々悩みながらも苦しい判断を迫られる。子どもたちは今の学校を楽しめているんだろうか・・心配になる。


今週はずっと東京にいた1週間だった。動画の撮影や教育委員会との話、若い人たちとの話、いろんなことが詰まった1週間だった。そんな中でも色々感じることがあったので書いてみようと思う。




私も今年で44歳になる。学校の先生をしている時も、教育委員会にいた時も、ずっと若手として扱われ、自分の言葉になかなか響いてくれないことや相手にされてない、と感じることも多く、早く歳をとりたいと思っていた時期もあった。「若いんだから」という言葉が嫌いで、いつもその言葉に丸め込まれていた。30代後半や、40歳くらいの先生たちの発言力を羨ましいと思ったし、ベテランや、中堅になりたいと思っていた。


最近気づくと自分もそんな年齢になってきている。教員の年齢分布を見ても、ロストジェネレーションと言われた私たちの世代は、圧倒的に数が少ない。採用人数が少なかったこともあるし、そもそも人数的にも少ない世代なので、どこにいっても、どんな職種でも結構苦労している人は多い。


教育委員会の指導主事も、同年代か、自分よりも若い人たちが増えてきた。そして何より先生たちが圧倒的に若いのだ。採用人数が増え、優秀な若い世代が現場に溢れている。自分が20代の時に憧れていた40代の先輩のように、今の自分は、なれているんだろうか。




自分のキャリアや、教育への思い、ストーリーを語るようなことも増えてきたし、求められることもある。自分がどんな人生を歩んできて、今何を考えているのか。どんな経験をしてきたのか。そしてこれからどう生きていきたいのか。自分なりに客観視し、メタ認知した上で話すようにしている。


それを聞いた若い世代は何を思い、どう感じているのか、不安になることも多い。でも話を聞いてみると、若い人たちもたくさん考え、悩んでいることがわかる。自分達の時代に当たり前だったことが、この数年できていないし、それが当たり前になってしまっている。


狭い部屋でテレワーク中心の生活や、マスクをつけ人と話すこと、表情が読み取れなかったり、飲み会で仲を深めることも難しい。そんな苦しさや漠然とした不安、小さな悩みを雑談で打ち明けることも難しいのだ。その場の空気や雰囲気で感じ取れる情報も多くあるし、身体的なコミュニケーションで縮まる距離もある。今はそれが制限されているのだ。


先生たちもきっとたくさんの苦労をし、悩みを抱えているだろう。制限のある中での学級経営の難しさ、子どもたちの不安を解消し、楽しく学校に来てもらうことはより一層困難になっている。急に休校になることもあるし、ICTの活用でも追い込まれ、苦しんでいる。



だからこそ今、オンラインでもオフラインでも対話が必要なんだと思う。1人で悩むのではなく、仲間と協働しながら働くためにも、たくさんの思考と対話が必要だ。「正解はこれ!」と言いにくいことがたくさんあって、みんなが暗中模索だからこそ、誰かと対話し、自分なりに考え、チャレンジを続けるしか方法はないのだと思う。


対話をし、情報を獲得し、思考し、分析し判断する。そしてそれを表現する。子どもたちに求めている情報活用能力は私たちにも求められている。幸いにもオンラインでも実現できるツールや環境は整っている。嘆いていても仕方ないし、悩み、ふさぎ込むよりも、どんどんコミュニケーションを自分で活発にし、対話を続けることでこの難局を打開していくしかない。

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