• Toshihiro Doi

見える力、見えない力

長かった雨も上がり、お盆を過ぎたというのに暑い毎日が続いている。連日の気温は30℃を超え、8月の下旬としては暑い。コロナの情勢もいよいよ悪くなってきていて、全国的に感染者は多く、特に学校現場ではとても身近になってきている。




ちょうど夏休みの終わり、延長するのか、オンラインを導入するのか、これまで通りプリントで対応するしかないのか・・状況にもよるが、判断を迫られるピリピリした毎日は続く。しかし実情は、保護者や世間一般がイメージしているほど甘くはなく、ネットワークの状況やオンラインで先生たちの授業がどこまでできるか、子どもたちのリテラシーは身に付いているか、などなど課題は山積していて、見通しすら立てにくいのが実情だ。





GIGAスクール構想はそもそも、新学習指導要領に掲げる「主体的、対話的で深い学び」を実現し、これからの未来を担っていく子どもたちに、「予測困難な時代に、一人一人が未来の創り手となる」という崇高な志を持って作成された。


時代は令和へと移り「令和の日本型学校教育」の構築を目指し、教育改革は進められている。コロナでそのスケジュールが早まったことは間違いないが、そもそも大きな教育改革の波は、少し前から始まっていて、今の時代に合わせた教育のあり方を模索し、創造しようとしていたのだ。




今日のブログは「見える力、見えない力」というタイトルにした。教育の根本的にめざしているものは、教育基本法第1条「人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」ということだ。そしてその一つの指標として、”学力”というものがある。





学力は[確かな学力]と言われ「知識や技能はもちろんのこと,これに加えて,学ぶ意欲や,自分で課題を見付け,自ら学び,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力等までを含めたものであり,これを個性を生かす教育の中ではぐくむことが肝要である。」となっている。そしてそれを測っていく一つの物差しが、「全国学力・学習状況調査」である。


その「全国学力・学習状況調査」も、令和6年度から順次CBT(Computer Based Testing(コンピュータ ベースド テスティング)」の略称で、コンピュータを使った試験方式)に切り替わっていく。

現状での”学力向上”という言葉の指す意味の大半は、この「全国学力・学習状況調査」の結果を向上させること、となっている。全国平均や、県平均と自分の学校を比較し、よかった=学力が高い、悪かった=学力が低い、という判断となる。いわゆる数値化された”見える学力”の向上が大きな目的となっている。





AIが台頭し、テクノロジーが生活の中心に来るであろうこれからの未来では「見えない学力」をどう高めていくのかが問われる。「予測困難な時代に、一人一人が未来の創り手となる」ためには、人とチームを組み、協働しながら課題を解決できる柔軟さや、課題に正面から向き合いながら、創造的な思考で新たな解決方法を見出す力、そういったことが社会で求められていることは間違いない。


それこそが私たちが今、子どもたちにつけていきたい力だ。それは「全国学力・学習状況調査」の結果がより良くなるために、という一部分にフォーカスし、努力することで得られるものではない。見えない力をどう看取り、高めていくか、単に知識をインプットし、回答するだけでなく、創造的で、多様性を容認し、未来のために協働でき、自ら学びを楽しめ、学び続けられるように育てなければならない。


そのためには、今どんな授業を行い、子どもたちにどのような力をつけるのか、何を目指してどこに進むのか、社会全体で教育のあり方を考え、学校や先生だけでなく関われる仕組みを作っていきたい。単なる端末の活用率、全国学力・学習状況調査の順位の向上だけではない、見えない力をどうつけていくのか、ここが今問われている。

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